(1997.10:「建・TAKERU」)
柿落し公演と言うことで、前評判が高かったため、オール日本人キャスト の公演しか手配できず少々残念な気持ちで出かけた。 しかし、結果はなかなかの好演で、大いに楽しむことができた。冒頭の王の伝令役の青戸 知の朗々とした声にまず驚かされ、また、 エルザの小濱妙美もワグナーのオペラに適した力強いソプラノで、若手日本人歌手の高い実力を認識させられた。ローエングリンの 福井敬は、高音はすばらしい美声で声量も十分であったが、中低音部の響きがあまり良くないのは残念であった。テルラムント役の 大島幾雄も実力発揮であったが、ドイツ王ハインリッヒを歌った高橋啓三は、名の通ったベテランであるが、後日テレビ放映で見た ハンス・ゾーデンの名唱とは比肩すべくもなく、一人落ち込み気味で少々興を削いだ。演出は重厚で、まずまずの出来であった。
(1998.1.15-24:「アイーダ」)
日本オペレッタ協会創立20周年記念公演として、中劇場で珍しくオペレッタが上演された。主役のフラウ・ルナ(月光夫人)は、 ウィーンでキャリアを積んだ佐々木典子が歌ったが、曲がつまらないせいか特筆すべきこともなく、2年前(1996.3)に同じ日本オペ レッタ協会主催の「シューベルトの青春(三人姉妹の家)」で長女ハンネルを歌った時の好演の方が印象に残る。
(1998.4.8-15:「蝶々夫人」)
ザラストロの彭康亮及び夜の女王の崔岩光に特に期待して出かけた。崔の「夜の女王」は、彼女の十八番だけに歌も容姿もまさには
まり役であり、際立って良かったが、彭康亮のザラストロは、期待が大きかっただけに今ひとつ迫力が無く少々不満が残った。大島洋子
のパミーナは、好演。 また、高橋薫子のパパゲーナは声も良く、なかなか可愛かった。
ミヒャエル・ハンペの演出は、国立劇場の機能を生かして立体的な舞台を生み出し、楽しませてくれた。色彩的にも、金色の使用が効果
的であった。しかし、「火の試練」の場面は迫力不足で、これまでに見た他のいくつかの演出に比べ、やや物足りなく感じた。
(1998.6.18-25:「ナブッコ」)
アルマヴィーヴァ伯爵:青戸 知、伯爵夫人:島崎知子、スザンナ:名古屋木実、フィガロ:池田直樹、ケルビーノ:菅有美子、
と言う新旧の実力者をそろえ、演出もオーソドックスでなかなかの好演であった。柿落し公演の「ローエングリーン」で美声を聞かせ
た青戸には大いに期待していたが、声はともかく役造りは今一に思えた。島崎知子(伯爵夫人)と名古屋木実(スザンナ)の二重唱は、
曲の良さもあるがやはり素晴しかった。
(1998.9.19-23:「アラベッラ」)
勿論、贔屓の名古屋木実の出番の日を選んで出かけた。幸い今回は
日本語公演だったため、字幕を見る煩わしさも無く、楽しむ
ことが出来た。名古屋木実は、彼女の唯一のCDでもグレーテルを歌っており、まさに十八番とも言えるものであり、また、”いつまで
も少女のような”容姿もまさにぴったりであった。ヘンゼル役の菅有美子は、数ヶ月前の「フィガロの結婚」でもケルビーノを好演し
ており、注目していたが、今回もむらのない美声を聞かせてくれ、名古屋との声のバランスも良く好演であった。なお、たまたま当日
ロビーで会った会社の同部門の大先輩の菅さんが、彼女の父上であることを知り驚くとともに、クラシック音楽に興味を持たない我が家の息子
と比べてうらやましくも思った。舞台は、魔女の住むお菓子の家が、意図的なものかどうか知らないが、毒キノコのように異常にけばけ
ばしく、違和感があった。「眠りの妖精」の中沢 桂は、40年程前のデビュー以来変わらない透明な美声で、存在感を示してくれた。
カルメンを歌った坂本 朱は、これまでにも「シンデレラ(1998.2)」等での好演が印象に残っていたが、このカルメンはまさに当
たり役で、声の素晴しさはとともに、奔放なカルメンに成りきった役造りは見事であった。
チャイコフスキー・コンクールで優勝したばかりの佐藤美枝子のミカエラにも大いに期待していたが、声質が自分の好みとは異なるせ
いか、やや期待が裏切られた。他のオペラやリサイタルで是非聞き直し、真価を確かめたいてみたい。演出は、女工達が予想外に地下
工場から出てくるのは良いとして、国立劇場の機能発揮に重点を置いたのか、闘牛場の場面では数十人を乗せたまま大きな観客席のブ
ロックを動かして見せたが、逆に子供達を含めた観衆の動きを制約することにもなり、あまり効果的とは思われなかった。
1999.2.14:「天守物語」
原作者泉鏡花の台詞の持つ音韻律を極力聴衆に伝えたいという作曲者
(水野修孝)の意図は、完全に成功したといえる。数年前に聞いた団伊久磨
の「素戔鳴(すさのう)」が極度に言語不明瞭であったのとは対照的に、歌詞(音韻律を持った台詞)をまことにクリアに聞き取ること
が出来た。曲については、確かに日本独自のオペラの一つの方向を示しており、名作の一つに数えられてはいるが、歌舞伎や京劇とオペ
ラとの中間的な部分が多く、全体にもう少し「歌う」部分がほしと言うのが率直な感想である。特に主役の姫川図書之助を歌った
バリトンの黒田 博が、なかなか迫力のある美声であっただけに残念な気がした。
なお、舞台は、泉鏡花の幽玄の世界を見事に演出しており、また、天守閣と階下の舞台の上下転換も迫力満点で楽しむことができた。
99.3.31:「秘密の結婚」
正規のシーズン公演ではないが、国立劇場付属の「オペラ研修所」第1期生発表公演としてチマローザの「秘密の結婚」が選ばれた。
4人の研修生が全員女性であるため、男性役は二期会や藤原歌劇団からの賛助出演にたより、また、4人に役を割り振るためか、1
人2役ならぬ2人1役(長女エリゼッタ)があったりのやや変則の公演であった。しかし、装置や衣装も一応整っており、原語
上演ながら日本語字幕付きでもあったので、上演の機会の少ない名曲を十分に満喫することが出来た。 次女カロリーナを歌った山本
美樹は、軽やかに響くきれいな声で将来が楽しみだ。フィダルマを歌った林 美智子もなかなかの美声である。賛助出演の男性陣では、
バオリーノを歌ったテノールの中鉢 聡の美声が際立っていたし、バスの志村 文彦も立派な声を響かせた。
出し物がオペレッタの最高傑作「こうもり」であったとはいえ、5日間連続の公演が可能となったのは、明らかにオペラファンの増加
をも意味しており、ご同慶の至りである。別項「音楽ピアザ・ライオン」の中心的歌手筒井修平の出演(弁護士ブリント)する日を選ん
で出かけた。演奏は近年高くなった我が国の水準を行くもので十分に楽しむことは出来たが、ビデオで見ることのできる名演(ヘルマン・
プライのアイゼンシュタイン、コワルスキーのオルロフスキー、キリ・テ・カナワのロザリンデ等)と無意識に比較してしまうためか、
主役級歌手に若干もの足りなを感じた。しかし、アルフレートを歌った錦織 健のみはさすがに良く通る美声で人気を裏付けた。今回の
公演ではイーダ役に人気・実力とも抜群のバレリーナ草刈民代が出演し、二幕の「宴会の場」では、ガラパフォーマンスとして「美しく
青きドナウ」を見事に踊り、融通無碍なオペレッタならではの楽しさを味わうことが出来た。なお、看守フロッシュの一人芝居に近い第
三幕は、風刺も効いており、「ネズミのダンス」を入れたりでかなり工夫が凝らされていた。(99/4)
1999.6.18:「罪と罰」
学生時代に読み、強い感銘を受けたドストエフスキーのあの長大でしかも心理描写の多い小説を
どうやってオペラ化するのだろうかと
いう不安と期待を持って出かけた。欧米でも過去に何人かがこの小説のオペラ化を試みたようであるが、名曲として定着していないのは、
やはり原作の難しさによるものであろうか。今回の作曲は、近年意欲的にオペラを多作(「罪と罰」が15作目)している原 嘉壽子で
ある。残念ながら私がこれまでに観た原の作品は「さんせう太夫」1作のみ(1996/3、於水戸芸術館)であるが、これは総合的によくまと
まった佳作との印象が残っている。
1998.5.6:「魔笛(
参照)」
1998.7.31:「フィガロの結婚(
参照)」
1998.11.28:「ヘンゼルとグレーテル(
参照)」
台詞だけのドラマそのもので始まり、対話場面の重畳、日本語公演+日本語字幕などの新機軸が理解を助けたが、心理描写や話の筋に
まだ若干の飛躍があったのはやむを得ない。なお、暗いストーリーを救うため冒頭のロシア民謡のソロや明るく印象的な合唱を入れたの
は、観客としはありがたかった。
演奏は、全般に男性陣が良かった。主役ロージャ(ラスコリニコフ)の福井 敬は、持前のドラマチックな高音の輝きが生かされ適役
であり、ルージン(弁護士)役の久岡 昇、スヴィドリガイロフ(地主)役の平野 忠彦も重厚な声を響かせ好演であった。女性陣では、
ドーニャを歌った小畑 朱美が光っていた。(99/6)