「−−−−日本の狐は古来よく美女に化ける。例えば阿倍野の狐は失恋した保名に恩を返すため美女と なり、恩愛の絆断ち難くなるのだが、「紫苑物語」の狐は仇をとるために女に化けて敵の身近 に侍るうち、情に惹かれてその没落に身を殉ずるのである。私はこの物語の出典を知らない が、とにかく主人公の国の守は、都の歌の家柄でありながら弓術に長じ、狩に出て鳥獣を射る だけでなく、意味なく人を殺す所に文雅の頽廃を認めては余りに穿ち過ぎているであろうか? そうなると最後に国の守の所領の及ばぬ桃源境かあり、そこの岩山に仏が彫ってあるのは、仏 法による救いか、それとも来るべき人民と平和の時代の暗示かといわねばならなくなる。それ はとにかくこの一篇は、美しく厳しい血の讃歌でなった叙事詩である。ーーーー」