第一幕地上に朝が訪れ、人々の朝を讃え、天の恵みに感謝する合唱で幕をあける。
第一場 紅屋の出発
裕福な生糸問屋、紅屋の店先。戦乱の時世ということで、新たに武器商売に手をつけて一獲千金 を夢に見るこの家の主人の伝右衛門が、手代の耕作と番頭の仙蔵を従えて商売の旅に出る。年頃 の三人の娘たちは、父親一人の手で育てられた。 上の二人、くれないとむらさきは見栄っばりで 欲張りで玉の輿を夢に見ながら、毎日、妹いじめに余念がない。それに対して末娘の絹は、気立 てが優しく、姉たちのいびりも気にかけない。絹は、今度の父親の旅立ちにはなにか不吉な胸騒 ぎがするので、出発を見合わせるようにと言って、姉たちから親不孝者とののしられる。第二場 絹いじめ
姉たちは絹に掃除や織物を言いつけて、朝風呂とおめかしのために退場しかける。そのとき、長女 のくれないが紋白蝶を踏みつぶそうとしたのを絹が見とがめて助けようとしたので、むらさきとく れないは怒る。姉たちが退場したあと、ひとり残った絹が、傷ついた蝶を優しくいたわりながら歌 うのを、茂みに登場した野獣が気づかれないように見守る。第三場 小悪魔
舞台に小悪魔たちが登場して踊り、かつ歌う。そして紅屋の仕入れた武器の荷車が人馬ともども谷 底に落ち、紅屋は三万両損をして破産したと告げる。また、その紅屋の首吊りを見届けようと闇の 支配者、メフィスト配下の死神と夜叉も登場する。そこへ深手を負った当の紅屋が手代の耕作と番 頭の仙蔵に助けられて登場するが、二人はもうこのへんが潮時と、主人の残り少ない財布を自分た ちの旅費にと懐に入れて、逃げ出してしまう。第四場 城に迷い込んだ紅屋
手代と番頭に置き去りにされた紅屋が、土砂降りのなかを死に場所を求めてさまよううちに月宮城 の城門にたどり着く。雨宿りをさせてもらおうと、城に向かって呼び掛けると、ようこそと言わぬ ばかりに城門がひとりでに開き始める。第五場 不吉な予感
絹の姿が突然別の空間に浮かび上がる。絹の紡ぐ糸車の糸が突然切れて、父親の身の上に変事があっ たのを知らせたのである。第六場 野獣との出会い
城のなかに朝が訪れ、紅屋が目をさます。すべてを失った悲しみが改めて込み上げてくるなかを歩き 回って、美しいゆうすげの花が咲いているのを見つけた。これをせめて三人の娘たちへの土産にと、 一輪手折るやいなや、物すごい地響きと唸り声とともに恐ろしい野獣が登場し、悪魔メフィストに魂 を売って、不死身となった自分にとって、たった一つのかけがえのない心の友であるゆうすげを折っ たからには、命はもらった。もしも命が惜しければ、お前の三人の娘のうちの絹を野獣の領主の花嫁 に差し出せと言う。第七場 異空間
まず野獣、続いて絹が、それぞれ舞台の異次元の空間にスポットを浴びて登場。野獣は不思議な胸騒 ぎの原因を魔法の鏡に尋ね、魂の憩いをゆうすげとの語らいに求め、絹はひたすら父の安否を気づか って糸車に問い掛ける。絹は、なぜ自分がこの世に生を受けたのか、また自分だでなく森のなかのす べての生き物がなぜ生まれてきたのか、と星に問いかける。第八場 絹の入城
月宮城の城門が開いて、野獣の家臣と腰元たちが絹を迎えに出る。野獣が登場。野獣は絹の心の優し さを讃え、その手をとって喜びに胸が高鳴る。一方、絹は、野獣の牙を見て、母親をおそった狼の牙 を思い出して震え上がるが、この野獣の妻になるのが悲しい運命なのだと諦める。ところが野獣は、 本当に絹が自分を好きになり、自分たちの心が一つに解け合う日まで、妻にするのを待とうと誓う。 そして、失神した絹を抱き上げて城門のなかに消える。第二幕
第一場 小悪魔たちの合唱
第一幕からもう3ケ月たったが、その間、野獣はサービスの限りを尽くしたが、絹は依然として固く 心を閉ざしたままであること冷やかし、「絹のかたくなさが、野獣の心に僅かに残っていた人間らし さを奪い、心の底まで野獣に変えてゆくのが面白い」と小悪魔のコーラスが歌う。第二場 絹の部屋
城のなかで絹が、ゆうすげの世話をしながら、「私はこの戦乱の世の中に何不自由なく暮らしている が、本当の自由はない」と花に語りかける。とはいえ、絹は野獣の心を前よりはよく理解するように なっていた。野獣は、晩餐のときになると、きまって姿を現した。今宵もいつものように姿を見せた 野獣に、絹は感謝の言葉を述べる。それを聞いて野獣は、絹に城の外への外出を許す。そしておれの 花嫁にはなってもらえないだろうかと問い、断られると悲しげに自室に引き下がる。絹は、ひとりに なると野獣がかわいそうになるが、どうしようもないと嘆きの歌を歌う。それを耳にした野獣は自嘲 の歌を歌う。第三場 メフィストの登場 賭け
小悪魔達の王メフィストが月宮城に登場し、野獣とかけを行う。もしも絹が本気で野獣を愛するように なった暁には、メフィストが月宮城とその城主、月影雪之介にかけた呪いをといてやろう。しかし、 それができないときは、悪魔が、雪之介と絹の命を貰うというかけである。また、野獣は、満月の夜だけ 元の雪之介の姿に戻って絹に会えるが、その間、声は出せなくなる。そして声の出せる野獣の姿に戻った とき、実はあれこそ本当の姿と絹に明かしたら、そのときも二人の命がたちどころに無くなるというのが、 メフィストの出した条件で、野獣はためらったのちにその条件をのむ。幕四場 雪之介との出会い
いよいよ満月の夜となり、森の妖精たちの歌に続き絹の自然を請える喜びの歌となる。舞台が暗転の後、 城の広間に雪之介の姿に戻った野獣とメフィストが登場。メフィストは絹を金目当ての打算家にすぎない と言って、野獣を怒らせる。そして両者のかけが始まるのだが、絹の心は、口をきかぬ美しい武者への憧 れと心の優しい野獣への義理との問を激しく揺れ動く。絹と野獣の二重唱を打ち破る砲声が鳴り響く。第五場 出陣
冷酷無惨な敵の大軍の前に戦況不利との報告が入る。野獣は絹を城に残し、後髪を引かれる思いで、手兵 を率いて出陣する。別れを惜しむ絹。野獣の求愛をかたくなに拒んできた絹の心が開かれ始める。第六場 野獣の不在
絹は父親の重病の報せを受けた。そこでやむなく、野獣との固い約束を破って里帰りをし、父親の看病を 続けた。そのかいあつて紅屋は快方にむかつたが、あっと言う問に3月あまりたつてしまった。第七場 実家の絹
絹は、戦場の野獣に事情を伝えたいと願って、星に想いを歌う。2人の姉たちは、気のいい絹をおだてて 持ち帰ったつづらのなかの装身具のおすそ分けをねだり、ついには小悪魔たちの一味のボーイフレンドに つづらごと持ち出させて、家から逃げ出してしまう。第八場 野獣軍の帰還
小悪魔のコーラスと人々の合唱。小悪魔は悪をささやき、人々は戦争の悲惨さを歌う。そこへ怒り狂った 野獣が帰還する。城にはいない絹にむかつて野獣は「お前が破ったのは、約束だけじゃない。戦いですさ んだわしの心をずたずたに引き裂いた。全ては幻だつたと思い知らされた。全ての望みは尽きた。醜いこ の姿では、やはり無理だつたのだ。絹よ、お前に愛されない醜い俺は独りで消えてゆく」と叫ぶ。すると 野獣のいる月宮城は煙りと火に包まれていく。第九場 炎上
そこへ絹が駆けつけて「あなた、待って下さい」と火の中に飛び込んでいく。背景のコーラスが、絹の理 想の男性への憧れのモチーフを取上げ、絹と、絹の愛の力によって人間の姿に戻った月影雪之介との心が 一つに解け合った二重唱となり二人の愛は昇華していく。(公演プログラムの抜粋)