歌劇「あさくさ天使」の物語

プロローグ 「ケースケの場合」
2004年(平成16年)、東京、ケースケの自宅。今や売れっ子作家となったケースケの部屋の電話が鳴る。オリりオン座で世話になった‘オヤジさん’ の告別式の知らせであった。ケースケは、50年前の写真を見ながら、当時を懐かしく思い出す。

第一幕 オリオン座の舞台袖
ケースケは大学に進学したものの、劇場にはまってしまい、いつの間にか楽屋に入り浸るようになった。そして今では裏方を手伝うまでに「出世」 していた。元々物書きに成りたいと思っていた彼は、劇場で行われる「喜劇」の台本を書くことが修行こなると思ったのである。
その日は、1959年のクリスマス。ケースケはいつものようにオリオン座の舞台を手伝っている。昼の部が終了し、出演者はそれぞれにクリスマス の日の午後を過ごしに出かけて行く。舞台袖に衣裳の羽を忘れた踊り子コメコが戻ってきて、ケースケは彼女と束の間の会話をする。コメコは この街には魔法があると言い、劇場に夢中になっているケースケもその魔法にかかっているのだと言う。2人はすっかり意気投合する。コメコが クリスマスのプレセントを買って来ると街に出た後オヤジさんがケースケの所にやって来る。一座の棟梁であるオヤジはケースケの良き相談相手 であり、厳しい団長リュウジからケースケを庇ってくれる人でもあった。オヤジはこの街の変化が不安だと言う。何か大事なものを人々が失って 行く様な気がすると言うのである。その時、カンタが近くの交差点で交通事故があったと飛び込んで来る。何人かがバスに轢かれたらしい。楽屋口 では、団員の運んで来た遺体に踊り子達が泣きながらすがりついている。ケースケの隣に、命を失い「天使」となったユメコが現れ、ケースケに夢 を諦めないで欲しいという。

幕間劇 「マリ−の場合」
2004年、東京、某テレビ局楽屋。今や大御所の歌手となったマリ−だが最近の歌謡界の中では活躍の場を失っている。携帯電話が鳴る。オヤジさん の告別式の如らせであった。マリーは50年前にオリオン座で人気歌手であった自分を思い出し、後悔の念に苛まれる。

第二幕 オリオン座の楽屋
リュウジは、新曲の稽古をマリーに付けている。マリーは気が乗らないという。彼女はテレビ局から誘いが来ていてオリオン座を辞めたいと申し出る。 リュウジは怒るが、彼女を引き止めることができない。楽屋口にヤマトデパートの社長が来る。二か月前、興業の悪化を食い止める為に、リュウジは 大和社長から金を借りたものの、返せずにいたのである。楽屋にやってきた社長は、約束通り返済ができない場合は、劇場を立ち退けと脅す。社長は ここに大型のスーパーマーケットをつくる目論みがある。楽屋にスタッフや踊り子達も集まって来て、騒動を見守っている。困惑するケースケの眼に 天使のユメコが映り、彼に智慧を授けてくれる。ケースケは機転をきかせて、社長を説得し、返済を一ヶ月待ってもらう事に成功する。 しかし、一ヶ月あったところで借金を返せるあてもない。ケースケはマリーに助言を求めようとするが、マリーはオリオン座を辞める決意を語り、部屋 を出て行ってしまう。途方に暮れているケースケのもとにユメコが現れる。ユメコはオリオン座をまもるため、ケースケにとっておきの作戦を耳打ちする。

幕間劇 「リュウジの場合」
2004年、東京、場末のパー。バ−テンダーをしているリュウジの店に、泥酔したサラり−マン連がやって来る。彼等は昔音楽家 であったリュウジを嘲り、騒動の末lこリュウジは彼等を迫い出す。その時、店の電話が鳴るが、リュウジはそれを取る事が出来ない。 一人、現在の自分を嘆き、ソファに座り込む。

第3幕 オリオン座の最後の日
街中でケースケが、オリオン座最後のショーのチラシを配っている。楽屋では、ケースケの書いた新しい合本を巡って、漫才師のトンペイ、カンタが愚痴を言っている。 ショーの終わりlこ大和社長から挨拶をもらい、それに二人がからむ段取りになっているのである。いよいよショーが始まり、踊り子の歌と桶りに続いて、 ついに大和社長の挨拶が始まるが、舞台を批判する社長の言葉に我慢できなくなったリュウジは、社長につかみかかううとす る。その時、オリオン座を去ったはずのマリ−が現れ、観客に最後の歌を披露する。一時は場が落ち着いたかに見えたが、リュウジが突然ナイフを取り出し、 マリ−を刺してしまう。リュウジはナイフを手に大和社長に向かっていき、それを止めようとしたケースケも刺されてしまう。リュウジは契約書を手に、 狂ったように大和社長lこ詰め寄る。その時、コメコが現れて瀬死のマリ−に魔法をかける。 すると、マリ−は歌い始める。ユメコは次々と魔法をかけ、観客、踊り子達も皆歌い出す。いこの異様な様子に大和社長は我を失い、姿の見えないユメコの声lこ震え 上がる。そこえ警官達連が踏み込んでくる。大和社長は自分は無関係だと劇場を走り去る。大和社長の姿が 見えなくなると、「たくらみ」に参加した全員が歓喜の声を上げる。こうして一時的であれ、オリオン座は存続できる事となった。しかし、時代が変わり行く 気配は、誰の目にも明らかであった。暮れかかっている太陽が浅草の街を照らしている。

エピローグ 「ユメコの場合」
2004年、東京、場末のバ−。リュウジは持っていたナイフを手に、「人生lこ別れ」を告げようとする。その時、背後にユメコが現れ、彼に語りかけ、 昔と同じ歌を歌う。ユメコを目にして、リュウジはナイフを取り落とす。今尚、ユメコの歌は、この街に響き続けているのである。(公演プログラム「STORY」の抜粋)