「春琴抄」のあらすじ

物語は春琴の墓を訪ねる「私」のモノローグから始まる。

大阪道修町の薬種商鵙屋の次女、春琴(本名は琴)は9歳の頃に眼病により失明して音曲を学ぶようになった。
春琴の身の回りの世話をしていた丁稚の佐助もまた三味線を学ぶようになり、春琴の弟子となる。わがままに
育った春琴の相手をさせようという両親の思惑とは裏腹に、春琴は佐助が泣き出すような激しい稽古をつける
のだった。やがて、春琴が妊娠していることが発覚するが、春琴も佐助も関係を否定し、結婚も断る。結局、
春琴は佐助そっくりの子供を出産した末に里子に出した。

やがて春琴は20歳になり、師匠の死を期に三味線奏者として独立した。佐助もまた弟子兼世話係として同行し、
我が儘がつのる春琴の衣食住の世話をした。春琴の腕前は一流として広く知られるようになったが、種々の贅
沢のために財政は苦しかった。

そんな中、春琴の美貌が目当てで弟子になっていた利太郎という名家の息子が春琴を梅見に誘って口説こうと
するが、春琴は利太郎を袖にしたあげく、稽古の仕置きで額にケガをさせてしまう。その一か月半後、何者か
が春琴の屋敷に侵入して春琴の顔に熱湯を浴びせ、大きな火傷を負わせる。春琴はただれた自分の顔を見せる
ことを嫌がり、佐助を近づけようとしない。春琴を思う佐助は自ら両眼を針で突き、失明した上でその後も春
琴に仕えた。佐助は自らも琴の師匠となり、温井(ぬくい)琴台を名乗ることを許されたが、相変わらず結婚
はせずに春琴の身の回りの世話を続けた。

春琴は明治19年に脚気で亡くなり、佐助もまた、その21年後の明治40年に亡くなった。(Wikipediaより)