プロローグ:ある稽古場の風景
劇中劇「ローマ帝国で愛を叫ぶ」の稽古が順調に進んでいると思われたが、突然、音楽が止まってしまう。
音楽がそこまでしか出来ておらず、作曲家も帰ってしまったという。演出家は、作曲家ケンジのマネージャー
であるミツチに、彼を探しに行くよう言い付ける。
第1幕
第1場:交差点
6月下旬の夕方。人々が行き交う中、街中の路上でケンジがギターを弾いているところへミッチが息を切らして
やって来る。「あんな馬鹿げた仕事はやってられない」と不満を述べるケンジに対しミッチは、「もう少し大人に
なりなさい」と説得する。そこへ一羽のアゲハ蝶を捕まえた子供たちが通りかかる。ケンジは、可哀想に思い、唄
を歌うかわりに蝶を逃がすことを子供たちと約束し、「アゲハの唄」を歌う。
第2場:セッション
ラジオの公開生放送の収録が行われている。人気歌手ルビーとバックコーラスグループが歌い、ケンジもバンド
マン達と演奏に加わっている。ルビーの歌に続いてハンドのソロが始まると、大物プロデューサー、ドン神呂は
演奏を止めるよう指示する。ケンジは、まだ音楽は終わっていないと怒鳴るが、ドン神呂は、「ルビーの歌が聴
ければ自分は満足なのだ」と言い放つ。その時、突然一人の少女が現れ、ドン神呂に「なんで音楽を止めたのよ」
と食って掛かる。見知らぬ少女の出現に一同は騒然となるが、スタッフ達が彼女を追い出して事態は収まる。
第3場 :「ブルー・ラグーン」という名のパー
ムードミュージックが流れるバーの片隅で、「ローマ帝国で愛を叫ぶ」の出演者が愛を語り合っている。ケンジは
マスターにBGMを止めさせ、「代わりに俺が歌ってやる」と「ジャンコの唄」を歌い出す。歌が終わると、先ほどの
少女が一人で盛大な拍手を送っている。バンドマン達は‘アゲハ’と名乗るこの少女に興味津々な様子で話しか
ける。ケンジの悪口ばかりを並べ立てるバンドマン達にケンジが大声をあげ、喧嘩が始まる。
第4場 :ケンジの部屋
ケンジはアゲハを連れて自分の部屋に戻ってくる。アゲハにせがまれ、ケンジは「アゲハの唄」を歌い始める。
ケンジが「夏が来て君は飛んで行く」と歌うと、突然顔色を変えて「私はまだサナギなので飛んで行かない」と
言い出す。「蝶になったら飛んで行くのか」と尋ねるケンジに対し、アゲハは、「恋は長さではない、それまでに
いっぱいの蜜を集めましょう」と語りかけ、やがて二人は結ばれる。
第2幕
第5場:ケンジの部屋
アゲハがケンジと暮らし始めて一ヶ月が過ぎたある日、留守番をしているアゲハのもとにミッチがやってきて、ケン
ジは一生懸命仕事をこなしているが、以前のような自由な才能のきらめきが見られなくなってしまったと言う。そん
なケンジを息抜きさせるために、ミッチは誕生日パーティーを提案し、アゲハはすぐに仕度を始める。
第6場:誕生日会
深夜帰宅したケンジが部屋の明かりをつけると、アゲハの友人の力工ル君、モグラ君、クラゲ君が座っている。
一通り挨拶が終わり、ケンジはロウソクを吹き消す。待ってましたとばかりに力工ル君が得意の音楽理論を持ち
出して話し始めるが、やがて三匹は喧嘩になる。ケンジは、「騒ぐんならどこかへ行け」怒鳴って奥の部屋へと
消えてしまい、パーティーはお開きとなる。
第7場:寝室
三匹が帰り、アゲハも奥の寝室へと向かい、ケンジの横顔を見つめる。もうすぐそこに迫っている夏と、幸せな
時間の短さを思い、自分がいなくなった後も、ケンジに歌い続けてほしいと願う。夜明け近く、ケンジはアゲハ
の眠る寝室を後にする。しかし部屋を出る彼の手に、ギターはなかった。
第8場:「ブルー・ラグーン」という名のバー
夕方すぎのバー、片隅ではルビーがケンシの作った唄を歌っている。ケンジが店の扉を開けて入ってくる。横に
座ったルビーにケンジは、「恋をすればするほど自分の中で唄が生まれる。しかしそれでは暮らしていけない。
生活のために唄を歌うと、自分の中で何かが壊れて行く」と自らの葛藤を打ち明ける。ケンジのギターを手に店に
やってきたアゲハはその会話を聞いてしまい、別れの時の到来を実感する。そこへ黒服を連れたドン神呂がやって
きて、ケンジに「お前らクズは金のために歌ってるんだ」と言い、札をばら撒いてケンジに拾えという。アゲハは
ケンシにギターを手渡し、「たくさんの人があなにの唄を待っているのだから、こんな人を相手にしている暇は
ない」と語りかける。「生意気なねえちゃんだ」とつっかかるドン神呂をアゲハは、不思議な力で押し倒す。
驚いた黒服達がアゲハにむけて銃弾を放つと、アゲハは巨大な蝶に姿を変え始める。アゲハはケンジに別れの言葉
を告げ、地中に消えて行く。
エピローグ:交差点
7月下旬の街。一ヶ月前と同じようにケンジは路上でギターを弾いている。そこへミッチが現れ、いつまでこんな
ところで歌っているのかと訊ねる。ケンジは、「春になれば彼女はきっと戻ってくる、そのときまで歌い続けるんだ」
と答える。そこへ子供たちがやってきて、この前の唄を歌ってほしいと言う。ケンジが子供たちと唄を歌っていると、
道行く人々が皆足を止めて唄に加わる。どこまでも真夏の空が広かっている。(「公演プログラム(STORY)」の抜粋)